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2015

体で理解するということ

ゲームをする中で注意を払うべきものは、自分のストロークがエースになったから良い、ネットに引っかかったから悪い、サイドに出たから悪いという評価ではなく、1つ1つのショットがどこに落ちたかである。
自分の考えや感情はどこかに置いておき、そのショットを打った自分を評価しない。
どこに引っかかったのか、落ちたのか、その現実だけを直視し、しっかりと認識する。
そこに良かった悪かったの評価はいらない。

自分の自然習得能力によって、1つ1つのショットをインプットし、メモリーする。
このメモリーするとは、頭で理解して、記憶することではない。頭ではなく、体で理解する。
これができていないと、同じミスが何度も繰り返されることになる。

頭での理解は、いわば丸暗記であり、身体生理に逆らった行為であるため、忘れてしまう。
丸暗記は思考停止の忍耐であるため、すぐに排除されるからである。

肉体のメモリーはどこに蓄積されるかは分からない。
でもどこかにキープされている。
必要に応じて、その記憶が引き出される。

脳の命令で体は動くが、体は脳を信用していない。
体の中に蓄積されるべきものかどうか、本当に必要なものであるかは、体が認識する。
自分の体は賢い、頭が良いと全面的に信頼しなければ、蓄積されない。
頭をつかったり、周りを気にしたりしていると、力を持っていても、能力を出し切ることができない。


どんなスイングでも、足の運びでも良い。
しかし、頭の中で考えたものでは、力を出し切るのは難しい。
そこから抜け出そうとすればする程、深みにはまっていく。
正しいスイング、フットワークなんてものはない。
いつも同じように打てる訳がない。
正しい、同じの概念が枠を作ってしまう。
そこから抜け出そうとすると、抜け出せない。

抜け出すには新しい方法でのアプローチ、別の何かに意識を向けることが必要である。

例えば、追い込まれて苦しい体勢になっても、ラケットのヘッドに意識を向けて打つということ。
人間の赤ちゃんの移動手段としてハイハイがあるが、一度歩くということを覚えると、もうハイハイで移動することはなくなる。
このようにして新しい方法で抜け出していく。
自分のやり方から抜け出そうとするのではなく、別の方法を見つける。

コートに入った時、自分というエゴをどこかに置いたまま、どれだけ自分の体を信用して体にプレーさせられるかが大切である。

Make it happenではなく、Let it happen することができた時、動きやストロークが変わる。

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